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なぜ「日中の架け橋」ではダメなのか?【日中相互理解/インバウンド】

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日中の友好を論じるとき、「その架け橋となりたい」という言葉が昔から使われています。それこそ、日中国交正常化の頃から使われているかもしれません。それから40年以上もの月日が流れ、世界は大きく変化したというのに、未だにこの言葉を遣う事に違和感を感じることはありませんか?

 

【日中友好と言えば「架け橋」が決まり文句】

 
仕事上初めてお会いする方に、「とせんばプロジェクトというサイトを運営していろいろ書いています」と紹介すると、かなりの確率で「『とせんば』ってどういう意味?」と尋ねられます。

これに関しては当サイトのとせんばプロジェクトとはのページをご覧いただくとしまして、最近立て続けに数人の方から、次の質問も投げかけられました。

「どうして架け橋って言わないの?」
 

昔から使われているので、枕詞のように「日中友好イコール架け橋」とリンクしてしまうのかもしれません。今でも多くの方がこの「架け橋」という言葉をつかっています。もちろん日本と中国だけでなく、その他の国も含めて。

しかしながら、私は実はこの「架け橋」という言葉に違和感を感じています。

 

【7年前まで自分もつかってました!】

 
かくいう私も、今から約13年前に初めて中国大陸を訪れ、約7年前に上海に住むようになるまでは、「自分も日中の架け橋となれるよう尽力します!」みたいなことを言っていました。そしてある時ふと思うようになります。

「この橋は、多くの人が力を合わせてひとつの橋を建設しているのか。それとも自分一人で誰かのために橋を架けようとしているのか?」

まあ、こんな基本的なことすら明確にしないまま「架け橋カケハシ」と叫んでいたわけで、当時の自分は、日本と中国を行ったり来たりして、多少は中国の方々と仲良くなれて、ただその言葉に酔ってこの言葉を遣っていた気がします。

そもそも橋なんてひとりで建設できるものではありません。また、各個人の「日中友好の在り方」は十人十色。どんな規模の橋が良いのか?橋の渡し先は中国のどこなのか?北が良いのか上海が良いのか南が良いのか?一気に内陸まで渡してしますのか?これだけ自由に日中を行き来できるようになった時代に、さすがに漠然としたイメージだけで橋を架けようとするのは、時代錯誤な印象があります。

 

【橋がそこにあれば、誰もが渡るのか?】

 
ではナゼ上海に住み始めてからは「架け橋」という言葉がしっくり来なくなったのか。

当時はまだ、今ほど中国国民が自由に日本へ渡航できるわけではありませんでした。逆に言えば、「みんなが行ってるから日本に行きたい」という事はなく、行きたい人は制限があっても行きたい、そうでなければさほどの興味はない、もしくは決して行きたくない、というのが正常な状態です。

出張でたまに足を踏み入れる中国では、パートナーと共に、決まったビジネスの範囲で行動をしていましたのでその辺のところが明確ではありませんでしたが、住んでみるとすぐにわかります。要は、商売相手という看板をとっぱらっていろんな中国の方と話して、初めてこの疑問が生じるわけです。

橋がかかっていたとしても、渡るのは誰だ?
 
渡る人もいる。決して渡らない人もいる。自宅の近くにあれば渡るかもしれない。通行料が安ければ渡るかもしれない。その気になればいつでも渡れるからと言いながらいつまでも渡らない。様々です。

そうです、渡る渡らないを決めるのは、結局個人の意思なのです。

 

【橋など要らない、渡船場があればいい】

 
皆が渡るか渡らないかもわからない橋を架ける労力と時間があるなら、自分の友達や知り合いに、「いつ誰がどこに作るかわからない橋が架かるのなんか待ってないで、ちっさい渡船場を自分で用意して、ちっさい舟漕いで海を渡ればいい」という気持ちにさせる事の方が、よっぽど大切なことなのではないか?

実はとせんばプロジェクトが「架け橋」でなく「渡船場」という言葉をつかっているのには、このような理由があったのですね、ふむふむ。

それでは「架け橋と言う人々と本炭の行っている活動は、一体どこがどう違うのだ?」と、ついからんでしまいたくなる気持ちはよくわかります。なぜって、やってることは基本的に同じですから(笑)。

ただ、やはり橋と船着場は違います。自分で渡船場を用意して、自分の意思で船を出すのです。橋を渡るのも個人の意思ではありますが、誰かが用意してくれたものであることに変わりはありません。

 

だから私は、渡船場なんて簡単に持つことができますよ!という活動を続けていきます。ビジネスの形で具体的にその姿をお見せできればベストなのですが、そこは今準備中ですので今しばらくお待ちくださいませ!

 

最後になりますが、本当に手漕ぎの船で渡ろうとしてはいけませんよ。さすがに危険です!

 

 

【著者プロフィール】

【本炭康典(もとずみ やすのり)】

株式会社メイシージェーン代表取締役
出身地:千葉県 血液型:O型
通称:なっとう、笨蛋、など

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【主な経歴と活動】

明治大学を卒業後、フリーのライターをやったり浅草で人力車を引いたりしながら、いつの間にか中国関連のビジネスに従事する。

2009年に当時勤務していた会社の社内プロジェクトとして、上海に「納豆」の製造販売会社を総経理として立ち上げ、2014年春の帰国までに中国全土に幅広く流通させた経歴を持つ。現在同ブランドは高級スーパーを中心に約200店舗の納品を継続している。

2014年12月に株式会社メイシージェーン設立。越境ECサイトを立ち上げた瞬間に閉鎖するというお茶目な失敗を経験するも、2015年7月より活動を開始した「とせんばプロジェクト」において日中相互理解をベースとした日中間ビジネスを提唱し、現在は中国人市場への日本製品販売支援を中心に、日中間ビジネスを中長期で考える企業様、取り組みたいがどの入り口から入ったらよいか決めかねている企業様、日本展開において助力が必要な中国企業様、といった課題をお持ちの方々の解決及びサポートを行っている。

販売支援と同時に、無駄なコスト削減提案を得意としている。
「対中ビジネスコストカッター」の称号を得ることを最近の目標にしているらしい。

 

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